系共通科目(メディア文化学)講義A
月曜4限/第2回
松永伸司
2024.04.15
授業資料について
PandAの「基本情報」にあるURLから、授業資料置き場(Scrapbox)に飛べます。そのページをブックマークしておくことをおすすめします。
授業資料置き場(Scrapbox)のURLは、オンラインで公開・共有しないでください。
授業資料は、基本的にスライド(いま見ているこれ)を毎回作る予定です。
紙で何かを配ることはありません。授業資料は、各自のノートPCやスマートフォンで閲覧してください。
Slidoについて
授業中に質問や感想などを投稿するツールとしてSlidoを使います。
SlidoのURLは毎回異なります。URLはScrapboxで共有します。
Slidoに投稿した内容は受講者全員に共有されます。
Slidoの投稿は成績評価には影響しません。
授業中いつでも書き込んでかまいません。
授業に関わる内容であればなんでもかまいません。
質問などに対しては必要なかぎりで反応します。
成績評価について
配点は、平常点40%、期末テスト60%です。
平常点
平常点は、毎回授業後にGoogleフォームで提出していただくリアクションペーパーの提出実績およびコメントの内容で評価します。
提出用のURLは、毎回授業後にPandAのお知らせ機能で共有します。
今日の授業の最後にまた説明します。
期末テスト
記述式/選択式のテストに近いものになる予定です。Googleフォームで設問に回答するという形式です。
詳しい実施要領は、6月中旬以降にまた共有します。
理論とはだいたいどんなものか大まかに理解する。
理論にどんな有益さがあるのか大まかに理解する。
実は日々の生活の中で自分が素朴な理論を使っていることを自覚する。
毎回こういう感じで
その回の到達目標を
簡単に示します。
1. 文化の研究いろいろ
2. 理論とはなんだ
3. 概念とはなんだ
4. ちゃんとした理論と素朴な理論
今回は研究の方法論についての抽象度の高い話が多くて、そういうのが苦手な人にはしんどいかもしれませんが、次回以降の前提になる話なので、なんとなくでも頭に入れておくと、次回以降の内容が飲み込みやすくなると思います。
逆に、次回以降の内容を踏まえてから今回の話に戻ると、より理解できるようになっているということもあると思うので、さしあたり十分に理解できなくても問題ありません。
コース全体の趣旨
文化の研究を分類してみる
理論的研究
現代の文化を研究するためのひとつのアプローチとして、理論的研究がある。
この授業では、コース全体を通して、理論的研究が大まかにどういうものなのか、その意義(うれしさ)はどこにあるのかを伝えたい。
コースの前半:
理論的研究のイメージをつかんでもらうために、既存の理論や概念をいくつか具体的に紹介する。
コースの後半:
理論的なアプローチで研究をしようとする際に、おそらく誰もが最初にはまるであろう落とし穴をいくつか紹介する。
「文化の研究」ってなんだ
ある文化(時代・地域問わず)に関わる物、現象、実践・慣行(practice)、コミュニティ、etc.を対象にした研究。
「文化(culture)とは何か」みたいなことは、とりあえず考えないことにする。
ここで想定している「文化」の例(適当):
茶道文化、映画文化、音楽文化、ファッション文化、お笑い文化、ビデオゲーム文化、ボードゲーム文化、VTuber文化、ミーム文化、立て看板文化、etc.
文化の研究の目標別4タイプ(相互排他的な分類も網羅的な分類も意図していないので注意)
(a) 過去どうであったかを明らかにしたいタイプ
歴史研究など。
(b) いまどうであるかを明らかにしたいタイプ
社会調査など。
(c) 何か普遍的な法則(こうすればこうなるなど)を見つけたいタイプ
実験心理学など。
(d) 考え方を提案したい(既存の他の考え方を批判したい)タイプ
哲学など。
(a) 過去どうであったかを明らかにしたいタイプ
よくある方法
史料(過去の事実を推測するためのデータ)を集める。
史料を読み解く(史料から事実を合理的に推測する)。
事実の推移をストーリーとして記述する(物語化する)。
(b) いまどうであるかを明らかにしたいタイプ
よくある方法
質問紙、インタビュー、参与観察、etc.によってデータを集める。
得られたデータをもとに文脈込みで細かく記述する(厚い記述)、データを計量化したうえで統計処理を施して何か一般的なことを言う、など。
(c) 何か普遍的な法則(こうすればこうなるなど)を見つけたいタイプ
よくある方法
仮説を立てる。
その仮説の検証に適した人工的な条件のもとで実験を行う。
実験で得られたデータが仮説を支持するかどうかを確認する。
結果を考察・解釈する。
(d) 考え方を提案したい(既存の他の考え方を批判したい)タイプ
よくある方法
事柄をよく観察する(あるいは常識的な事柄を整理する)。
文献を読んで先行論者の考え方・言い分を理解する。
どのような考え方が当の事柄の説明として最適かをよく考える。
「理論的研究」ってなんだ
この授業で取り上げる意味での「理論的研究」は、(d)を主成分とするような研究を想定している。
とはいえ実際には、(a)~(c)を主成分とする研究でも(d)の成分、つまり理論的な成分が一定の役割を持っている(研究者自身がどれだけ自覚しているかはともかく)。
例:
歴史学者は、ストーリーを作る部分では(d)をやっている。
実験系の研究者も、結果の解釈部分では(d)をやっている。
仮説形成や調査設計の手続きには、(d)に近い作業がほぼ必ず含まれる。
その意味で、(a)~(c)を主成分とするようないわゆる「実証的」な研究にとっても理論は重要である。
理論的研究におけるデータの役割
また逆に、(d)を主とする理論的研究にとってもデータ(観測の結果)は重要である。
たとえば、外にデータを取りに行かないことでdisられがちな哲学者も、実際のところは、論証の前提や説を検証するための材料として、何らかの確からしい事実を必ず持ち出す。
そこで使われるデータは、人々に広く共有されているような「常識」や論者自身による観察であることも多いが、(a)~(c)のような実証的研究の知見が使われることもよくある。
ポイントまとめ
理論的研究は、考え方を提案すること((d)タイプの目標)を主成分とするような研究。
実証的研究にも、理論的な成分は多かれ少なかれ含まれている。
理論的研究も、議論の前提として必ず何らかのデータ(観測の結果)を使う。
※「文化研究の方法論について的確にまとめた入門書」というピンポイントのニーズに応えてくれる文献はおそらくないが、科学哲学を含め各種の方法論についての文献が十分参考になる。
哲学の方法論
ウィリアムソン『哲学がわかる 哲学の方法』廣瀬訳、岩波書店、2023年
哲学者が何をやっているかを大まかに理解するためのおすすめ入門書。
歴史記述の方法論
池上『歴史学の作法』東京大学出版会、2022年
歴史記述の方法論の入門書はいろいろあるが、とりあえずこのへんから読むのをおすすめする。
野家『歴史を哲学する』岩波書店、2016年
科学哲学の一分野としての歴史学の哲学の観点から、歴史記述とはそもそも何をすることなのかを論じたもの。
科学哲学全般の入門
伊勢田「科学哲学日本語ブックガイド」2023年(最終更新)
科学哲学科学史専修の伊勢田先生が日本語で読める科学哲学本のブックガイドをウェブに上げているので、まず参考にするとよい。
伊勢田『疑似科学と科学の哲学』名古屋大学出版会、2003年
戸田山『科学哲学の冒険』NHK出版、2005年
どちらも少し古めの本だが、基本的な事項がまとまっていて読みやすい。後者は文体にくせがあるので人を選ぶかもしれない。
個別科学の哲学
「科学哲学」と言うと、物理学についての哲学がまず最初に思い浮かぶかもしれないが、実際には「~~学の哲学」という名前で、いろいろな個別科学(自然科学だけでなく社会科学含む)についての哲学がある。
日本語で読める入門書は多いので、関心がある分野について何か読んでみることをおすすめする。本のリストは上記の伊勢田ブックガイドのセクション3を参照。
「理論」の多義性
理論の例
余談:理論と論理
「理論」とひとくちにいっても複数の意味がある。
①「仮説」や「モデル」とほぼ同じ意味での「理論」
例:相対性理論、進化論、etc.
②それに沿うと物事がうまくいく一定の手続きという意味での「理論」
例:マーケティング理論、トレーニング理論、etc.
③物事についての一般性のある考え方・理解の仕方という意味での「理論」
例:階級闘争理論、発達段階理論、etc.
実際には、①~③が不可分であるケースも多いかもしれない。とくに、②の意味での理論は、①や③の意味での理論を前提としていることが多いと思われる。
この授業で言う意味での「理論的研究」の「理論」は、③の意味にいちばん近い。つまり、物事を理解・説明するためのフレームワークという意味での「理論」。
古代ギリシア以来、哲学者が伝統的にやってきた仕事の大半は、この意味での理論を作ることだと言ってよい。
各種の芸術理論(文学理論、音楽理論、美術理論、etc.)は、作品制作に使えるフレームワーク(=②)としての側面もなくはないが、基本的には、個々の作品や当の表現形式のあり方を理解・説明するためのフレームワーク(=③)としての側面が強い。
「理論」とは端的に言えば、知恵や知識を綺麗にまとめたもの。だから「音楽理論」は、音楽を作る・弾く・分析するときに役立つ知識の集合体のようなものです。
では具体的にどんなふうに、知識の体系が形作られているのでしょうか?ここではざっくりと3つのレイヤーに知識をカテゴライズすることで、イメージを共有したいと思います。それが以下の3つです。
音の名前、音の用法、音楽の様式。ひとつずつ、詳しく見てみましょう。
「ドレミファソラシド」もそうですし、もしかしたらCm7やF♯aug7(+9)のようないわゆるコード(=和音、音をたくさん同時に鳴らしたもの)に関する記号も、きっとあなたは既にどこかで見かけていて、それでこのサイトへ赴いたのではないでしょうか。それはみんな「音の名前」です。まず名前をつけないことには、理論が組み立てられませんからね。「拍子」や「メロ・サビ」「転調」といった用語も、みんなこの「名前レイヤー」の知識になります。
〔…〕「名前」は、理論を構成する根本のパーツになるわけです。
一方で、音の名前はしょせん名前にすぎません。その音を実際に鳴らしたらばどんな効果があるのか? 曲の展開のどこで使ったら効果的なのか? そういったより実践に近い知識が、「音の用法」です。
〔…〕こういう「用法」の知識がいくつかが合わされば「ハロウィーン風のBGMを作るための方法」みたいな1つのメソッドがまた構築され、作曲家たちはそれを利用して効率的に作曲をするというわけです。
〔…〕網羅的な分類体系というよりは、「これを使えばこういう表現ができる」という即戦力の知識集になります。
音楽の様式
たとえばとある民族風の曲を作りたいとき、ただ単に楽器をその民族のものにしても、中身がJ-Popだったら中途半端にしかなりえません。あるジャンルの特徴を決定づけている要素というのが必ずあって、それを説明することも音楽理論の役割のひとつです。
〔…〕音の「用法」をより大きな次元で論じたものが「様式」であると言えます。
MBTIは、一人ひとりの性格を心の機能と態度の側面からみたものです。それらは、「ものの見方(感覚・直観)」と「判断のしかた(思考・感情)」及び「興味関心の方向(外向・内向)」と「外界への接し方(判断的態度・知覚的態度)」の4指標であらわされ、16タイプに分類してとらえようとします。MBTI は、16タイプそれぞれの強み、特徴、そしてその人の今後の課題を整理し、個人の成長や人と人との違いを理解し、周囲の人との人間関係作りにも役立てることができます。
「理論」と「論理」は、漢字表記がたまたま似ているだけで、元の言葉も違うし意味もぜんぜん別なので、混同しないように注意。
理論(theory)
論理(logic)
混同されやすい言葉
理論的(theoretical):何らかの理論にもとづいている(関係している)
論理的(logical):理屈の筋道が明確にある
理性的・合理的(rational):まともな理由(reason)にもとづいている
ちょっと休み
〈概念〉という概念
概念の把握と伝達
概念ネットワークとしての理論
前節の話をまとめると:
この授業で扱う意味での理論とは、物事についての一般性のある考え方・理解の仕方、言い換えれば、物事を理解・説明するためのフレームワークのこと。
この意味での理論をより正確に理解するために、〈概念〉という概念を知っておくとよい。
※以下、概念をあらわすときは〈〉を使い、言葉をあらわすときは「」を使う。概念と言葉(概念に付けられる名前・ラベル)は厳密には別物なので注意。
結論を先に言っておくと、物事を理解・説明するためのフレームワークという意味での理論は、諸々の概念が結びついた概念のネットワークとして大まかには理解できる。
概念ってなんだ
〈ああいうやつ〉という仕方で把握されるまとまりのこと。概念にはふつう特定の名前がついているが、名前と概念は別物なので注意。
概念の例:
〈猫〉という概念
みなさんご存知のああいうやつ。〈動物〉の一種で、下位カテゴリーとしてこれこれの種類があって…、etc.
「猫」や「cat」や「chat」という名前が付いている。
〈クロワッサン〉という概念:
みなさんご存知のああいうやつ。〈パン〉の一種で…、etc.
概念と定義
概念は定義ではない。また、ある概念を把握する(自分で使えるようになる)ために定義は必ずしも必要ない。
自分になじみのない概念に出くわしたときに「定義」をほしがる人はよくいるが、たいていの概念は定義なしに把握できるし、実際日々そのようにして大量の概念を把握している/してきたはずである。
たとえば以下の概念についてその「定義」を気にしたことなどあるだろうか?
バス停、おにぎり、ティッシュペーパー、山、椅子、本、ゲーム、楽単、etc.
続き
実際、必要十分条件による定義ができない概念は大量にある。
※勉強のすすめ:ウィトゲンシュタイン『哲学探究』にある「家族的類似」についての有名な議論は、基礎教養として知っておいたほうがよい。
もちろん、特定の研究分野や業界で使われる専門用語のように、ある言葉・概念が明確に定義されているケースはある。「山」や「猫」の場合は、地形学や生物学の専門用語としての定義があるかもしれない。
また、法的・制度的な用語(法律用語だけでなく組織内ルールで使われる用語なども含む)も明確な定義が与えられていることが多い(そうしないともめ事や混乱が起きるので)。
ただ、わたしたちが普段使っている概念の中で、そのようにきっちりした定義がなされているもの/できるものは、ごく一部でしかない。
概念をどうやって人に伝えるのか
もちろん〈ああいうやつ〉がいまいちピンとこない人のために、いろいろな追加の説明が必要になる場合もある。
概念を人に伝える際によく使われる方法は、例示と特徴づけ。
例示:当の概念(ああいうやつ)をわかりやすく体現しているような個別具体的な事例を挙げること。
特徴づけ:「だいたいこれこれこういうやつ」というふうに、その概念に属するものを見分けるための大まかな特徴を言葉で述べること。
例示と特徴づけをセットで示せば、ピンとこない人にも十分伝わることが多い。この方法は日常会話でも使われるし、哲学の専門的な文章でも頻繁に使われる。
続き
説明された側が「あ~はいはい、ああいうやつのことね」となったら概念の伝達は成功である(場合によっては、わかったつもりになっているだけで理解がずれていることもあるかもしれないが、そのずれはまたその後のやりとりで修正できる)。
もちろん、そうやって説明してもまだなかなか伝わらないタイプの概念もある。別の回にまた話すが、美的概念(たとえば〈抜け感〉など)はそういう伝わりづらい概念の典型である。
ちなみに今回の授業では、ここまで〈理論〉や〈概念〉という概念を説明する際に定義ではなく例示と特徴づけを使っている。
ポイントまとめ
概念とは、〈ああいうやつ〉という仕方で把握されるあれのこと。
ある概念を把握・伝達するのに定義(必要十分条件の提示)はふつう必要ない。むしろ、例示と特徴づけが大事である。
自分がピンとこない概念に出会ったときに「定義は?」などと安易に言うのはやめましょう。
理論の内実
物事を理解・説明するためのフレームワークとしての理論は、複数の概念が結びついた概念のネットワークとして大まかに理解できる。
〈ああいうやつA〉と〈ああいうやつB〉があり、両者はこれこれの関係にあり…、という物事のとらえ方の総体が、ひとつの理論である。
これは「組織立った概念群」と言い換えてもよい。
日常で使われる素朴な理論
「学術的」な理論?
理論のうれしさ
民間理論
この意味での概念や理論は、「学問」の世界の中でだけ使われるものではない。わたしたちは、日々の生活の中で、多かれ少なかれ組織立った概念群を使って認識したりコミュニケーションしたりしている。
ただし、日常的な概念の多くは、分節化が雑だったり(つまり、だいぶ性格が違う事柄をいっしょくたにまとめていたり、逆に同じような事柄をなぜか区別していたり)、不明確だったり(つまり概念の適用条件があやふやだったり)、組織化が不十分だったり(つまり概念間の関係がはっきりしていなかったり)する。
そのように日常で使われる素朴な理論は、専門的な研究者が作るタイプの理論と対比して「民間理論(folk theory)」と呼ばれることがある。
民間理論と「学術的」な理論の対立
民間理論と専門的な理論が対立するケースがたまにある。
民間理論上の概念と生物学上の概念が食い違っているという状況のもとで、ある行為の法律上の扱いをどう考えればいいのかが問題になったケース。
経緯:
狩猟法によって、一定期間中にタヌキその他を捕獲することが禁じられた。
その期間中に、ある猟師がムジナを捕まえた。
生物学的には〈タヌキ〉=〈ムジナ〉だということで、猟師が逮捕された。
猟師は「うちの地方ではタヌキとムジナは別物である。私はタヌキは捕まえていない。ゆえに無罪である」と主張した。
一審・控訴審では有罪になったが、大審院判決で最終的に無罪になった。判決では、〈タヌキ〉=〈ムジナ〉という生物学上の分類は認めつつ、その同一視が十分に一般的な認識ではないとして猟師の故意責任が否定された。
〈HSP〉という概念への批判
HSP(highly sensitive person)は、「感受性が高い人(それゆえにいろいろなしんどさがある人)」くらいの意味で使われている民間理論上の概念(もともとは心理学の論文で提唱された概念らしいが、曲解されて広まっているらしい)。
各種の発達障害やパーソナリティ障害などは精神医学上で認められた概念であり、DSM(精神障害の診断と統計マニュアル)に記載されているが、HSPは認められていない。
メンタルヘルスに関する民間概念は、人々の「正しい」自己理解・他者理解の妨げになり、ひいては治療の妨げになりえるという批判がある。
ただし、DSMに記載されているような精神障害も概念による分類という点ではHSPと同じである点に注意。違いは(もしあるとすれば)その概念を使うことの有効さ・有益さ・体系性の程度といった点にある。
民間理論と「学術的」な理論の違い
とくに専門的な研究コミュニティで検討されることなしに流通している民間理論と、「学術的」「科学的」な理論の違いはどこにあるのか。どちらも、概念のネットワークという点では違わない。
民間理論はうさんくさい、「学術的」な理論は信頼に足る、みたいなイメージがあるかもしれない。しかし、そこで言う「学術的」とはどういうことなのか。「客観的」ということなのか?
実際のところ、両者を区別するはっきりした基準はないし、違いも程度の問題である。とはいえ、ある理論が「ちゃんとしている」かどうかを判断するにあたって、いくつか気にするべき指標はある。
説明力:観測事実を無理なく説明できるどうか。
説明の一般性:個別のケースだけでなく、似たようなケースに広く当てはまるかどうか(有効性の範囲が広いかどうか)。
検証の度合い:専門家集団による批判的な吟味を経ているどうか。
体系性:他の諸理論との整合性があるかどうか。孤立しているほど概念ネットワークとしては脆弱になりがち。
厳密さ:概念が明確に定義されているかどうか(概念適用のルールがはっきりしているかどうか)。
方法の明確さ:決まった手順に沿ってやれば誰でも同じことができるかどうか(属人的でないかどうか)。
注意点
これらの指標のうちのどれが重視されるかは分野の性格やその都度の文脈によるので、一概にどれが一番大事とは言えない。
「学術的」であることの指標として「客観的」という言い方を持ち出したがる人は多いが、その内実をはっきりさせないかぎりは不毛な言葉なので、できるだけ使わないほうがよい。
実際、「客観性」という語はいろいろな意味で使われる(前頁の指標のいくつかが「客観性」と呼ばれる場合もあるだろう)。そのうちのどの意味での「客観性」が大事なのかを限定しないと意味がないし、どの意味での「客観性」であるのかを言えるのであれば、最初から「客観性」などと言わずにその意味をそのまま言えばいいだけである。
理論的研究をしてどんないいことがあるのか
理論的研究は、日常的に使われる概念群(民間理論)よりも、何らかの意味でより役立つ概念群を提供することを目指していると考えるのがよい。
「何らかの意味でより役立つ」の内実は、おそらくいろいろある。
典型的な役立ち方は、説明や予測に役立つというものだろう。
哲学では、一見したところの謎(パラドックス)を解消できるという役立ち方もよくある。
それ以外にも、思考の整理やクリエイティブな発想につながるという場合もあるだろう、単純に知的好奇心を満たしてくれるという役立ち方もあるだろう。
理論と解像度
一般的に言えることとして、専門的な理論を知ったほうが、日常的なものの見方よりも解像度がはるかに上がるという傾向はある。ようするに、物事をより細やかでクリアに見れるようになる。
もちろん、何かについての解像度が上がることを「役立つ」と感じるかどうか、そなることが「うれしい」かどうかは人によるだろうし、その対象への興味関心の度合いによっても大きく変わると思われる。
最終的には、文化の研究におけるいろいろな理論や概念にそれぞれどんなうれしさがあるのか(あるいはないのか)は、個々人で判断してもらうしかない。
理論との付き合い方
理論(あるいはその構成要素である個々の概念)は、物事を見るためのひとつの道具、ひとつのメガネでしかない。それをまるまる信じて使うのも、自分の目的に沿わない(あるいは単純に理解できない)という理由で否定するのも、理論が何であるかについて勘違いしている。
ちゃんとした研究分野内である程度認められている理論や概念は、それなりの検討と批判を経て生き残っている道具のはずなので、そのかぎりで尊重したほうがよいが、別に絶対的なものでもなんでもない。
自分の目的にとって使えそうな道具なら吟味しながら使う、不十分に思えるなら少し改変する、使えなさそうならひとまず無視する、というのが、文化の研究をするうえでの無理のない理論との付き合いかたである。
毎回の授業後に、Googleフォームを通してその回の授業についてのコメントを提出していただきます。
GoogleフォームのURLは、授業後にPandAの「お知らせ」で共有します。
提出の締め切りは、その週の木曜日の23時です。
提出実績およびコメントの内容は、成績評価に使います(評価基準については次頁を参照)。
コメントは、名前を伏せたかたちで次回の授業で紹介することがあります。
質問・疑問には、基本的にScrapboxのQ&Aページで答えを返します(すべてに返せるわけではありません)。
コメントの内容は、その回の授業の内容(とくに重要なポイント)について、理解したこと・考えたことや疑問・質問などを自由に書いてください。高いクオリティはとくに求めません。重要なポイントがなんとなく理解できている(あるいはどの点が理解できなかったかを自分で理解している)のがこちらに伝われば、平常点の評価としては問題ありません。
ただし、以下の点に注意してください。
白紙やその回の授業に関係のないことしか書かれていない場合は、不提出と同じ扱いにします。また、ろくに授業を聞いてないっぽい(あるいはまるで理解してないっぽい)コメントの場合は大きく減点します。
日本語の文章として明瞭でない(何が言いたいのかぱっと読んでわからない)場合も減点します(非日本語ネイティブには配慮します)。
不必要な情報を書き連ねるとか、極端に冗長である場合も減点します。
スライドおわり