同志社大学|美学特論 (4)
水曜5限|第4回
松永伸司
2025.05.14
SlidoのリンクはScrapbox上にあります。
前回分のリアクションペーパーに対するリプライもScrapbox上でまとめます。第3回のリプライはまだ作っていませんが、のちほど作ります。
インターネットスラングの"aesthetic"の使われ方とそれが指すものを大まかに理解する。
aestheticが美的性質の一種であることを理解する。
aestheticと「自分らしさ」の関係について考える。
1. "aesthetic"のスラング用法
2. 名づけられた美的性質のパターン
3. aestheticとパーソナルスタイル
引用符付きの「"aesthetic"」は、語そのものを指します。
引用符なしの「aesthetic」は、その語が(特定の使われ方をしたときに)指すものを指します。
今回のように言葉とその意味を扱う場合は、両者の区別がないと話が混乱するので、厳密に区別しておきます。
"aesthetic"のスラング用法
aestheticの事例
インターネットスラングとしての"aesthetic"
現代(2010年代以降)の英語使用圏のインターネット上で、"aesthetic"という語が独特の意味合いをもったスラングとして使われることがよくある。
本来この語は形容詞だが、この現代的な用法では、名詞として使われるのが一般的である。
単数だと"an aesthetic"、複数だと"aesthetics"となる。
この言葉づかいが正確にいつから定着したのかははっきりしないが、2010年代前半にvaporwave的なアートワークの独特の質感を指すのに"aesthetic"という言い方が使われ出したあたりから広まったと思われる(用法の来歴についてはあとで述べる)。
美的性質の一種としてのaesthetic
この意味でのaestheticは、ある特定のタイプの独特の質感、ムード、テイスト、雰囲気のことである。英語圏だと「ヴァイブ(vibe)」という言い方が好まれる。
ようするに、「ああいう感じ」「あれ系」という言い方ができるような、独特の感じを指すときに「the ○○ aesthetic」という言い回しが使われる。
あとで述べるように、この意味でのaestheticは、美的性質のパターンとして理解できる。
Aesthetics Wiki
Aesthetics Wikiというウェブサイトでは、この意味でのaestheticを大量に収集・リスト化し、それぞれのaestheticの特徴を具体例つきで説明している。
リストに挙げられているのは、現代のaestheticが大半だが、20世紀よりも前の美術様式など(たとえば「バロック」「印象派」「アールデコ」など)も含められている。日本のサブカルチャー発祥のものも少なくない。
大多数は視覚的なaestheticだが、ジャンルは、デザイン、絵画・イラストレーション、写真、映画、ファッション、グッズ、音楽など多岐にわたる。
Aesthetics Wikiのリストから一部抜粋
vaporwaveを例にする
vaporwaveは、2010年代初頭からインターネット上の音楽プラットフォーム(Bandcamp、SoundCloud、YouTubeなど)を舞台にして広がった、インディー音楽のいちジャンル。
future funkをはじめ、多くの派生ジャンルを生み出した。
音楽そのものだけでなく、それと組み合わせられる独特なアートワーク(グラフィック、映像)も"vaporwave"と呼ばれることが多い。
西側諸国の1980~90年代前半くらい(日本で言えばバブル期)の商業主義的で軽薄なカルチャーや当時の技術的状況(現在から見ればローテク)へのノスタルジーを、アイロニカル/シニカルな態度込みで喚起させることを主な特徴とする。
vaporwaveを例にする(続き)
音楽制作の手法としては、1980年代前後のソウル、R&B、エレベーターミュージックといったジャンルの「心地よく聴きやすい」音源をサンプリングし、それに遅回し(chopped and screwed)やピッチ下げやリバーブなどの効果を強くかけて、ローファイでドリーミーな音に仕上げたものが多い。
曲調の点では、先行ジャンルであるchillwaveとの連続性がよく指摘される。ただし、曲調はともかく全体的なテイストの点ではだいぶ違う。
アートワーク(MV、ジャケットなど)については、なぜか日本的なモチーフ(日本語文字の使用から日本のテレビCMなどの映像素材にいたるまで)が取り入れられることが多い。
vaporwaveのaesthetic(音楽面から)
Macintosh Plus, "リサフランク420 / 現代のコンピュー"(2011)
vaporwaveの古典とされるアルバム『Floral Shoppe』内の代表曲。とくにアルバムのジャケットは、vaporwaveの視覚面でのaestheticの形成に大きく影響を与えた。
サンプリングの元ネタは、Diana Ross, "It's Your Move"。
Saint Pepsi, "Private Caller"にElFamosoDemonが動画をつけたもの(2013)
動画にvaporwaveらしいヴァイブがわかりやすく表れている。
サンプリングの直接の元ネタはLustt, "Pillow Talk"だが、この曲もカバーであり、オリジナル曲はSylvia, "Pillow Talk"。
音楽的な特徴以上に際立っているのは、その独特で不可解なビジュアルだ。典型的には、80~90年代の古臭く低品質なCG、同時代の商業主義的なCMやテレビ番組の映像、VHS的な映像の粗さとノイズ、グリッチ、ピンクや紫色や水色を基調とした派手な色づかい、意味不明の日本語文字、ギリシア・ローマ風の胸像や建築、ヤシの木、古いPCやビデオゲーム機やOS画面といったレトロテクノロジーなどのモチーフが雑多に組み合わせられる。Vaporwaveの事例を見たり聴いたりすればすぐに感じ取れるはずだが、全体として不真面目で「逆張り」的な雰囲気が漂うジャンルである。
vaporwaveのaesthetic(音楽から)
というわけで、いま示したような質感、ムード、テイスト、雰囲気、ヴァイブが、"the vaporwave aesthetic"と呼ばれる。
Aesthetics Wikiには、vaporwaveのほかにも何百個ものaestheticがリストアップされている。
この意味でのaestheticは、感性によって把握される(と言いたくなるような)いわく言い難い独特の性質だという点で、美的性質の一種と言っていいだろう。
実際、個々のaestheticの伝達・共有には、知覚的証明のやり方(前回の授業で説明済み)が使われる。
Slido確認タイム
美的性質のおさらい
aestheticの特徴づけ
美的性質とは
美的性質の特徴づけ
美的判断において対象が持つとされる性質のこと。
美的判断との関係
たとえば、「○○は野暮ったい」という美的判断があるとき、その判断において○○が持つとされている性質〈野暮ったさ〉が美的性質である。
実際にその性質を対象が持っていたらその判断は正しく、その性質を対象が持っていなかったらその判断は誤っている(と少なくとも美的判断の実践者たちは考えている)。
美的判断に正誤がある(と人々は想定している)ことについては、前々回・前回授業のマリメッコ論争のケースを参照。
美的性質とは(続き)
美的性質の例
野暮ったさ
エレガントさ
けばけばしさ
味気なさ
小ぎれいさ
こなれ感
etc.
参考:シブリーが挙げる美的用語の一覧
美的性質とは(続き)
aestheticは美的性質の一種だが、美的性質一般には見られない特徴もある。
具体的には以下の3点:
①パターン化された美的性質である。
②そのパターンに明確な名前が付いている。
③そのパターンの背後に特定の人々の美意識がある。
①パターン化された美的性質である
それぞれのaestheticは、パターン化されている。つまりそこには型がある。
ここで「パターン」の定義をうんぬんするつもりはないが、ポイントは「ああいうタイプ」「あれ系」といった言い方が自然に成り立つという点にある。
それは、当の美的性質を支える非美的な諸要素の傾向をある程度まで特定できるということでもあるだろうし、その美的性質を模範的に具体化している範例を示せるということでもあるだろう。
②そのパターンに明確な名前が付いている
たとえば、"vaporwave"や"cottagecore"や"dark academia"といったように、個々のaestheticには固有の名称が付けられている。
これは言い換えれば、そのパターンを共有し、伝達し合う言語的な実践が明確に成り立っているということである。
大半のaestheticについては、インターネット上の各種のソーシャルプラットフォーム(Tumblr、Instagram、Pinterest、TikTok、etc.)がその実践の舞台になっている。
③そのパターンの背後に特定の人々の美意識がある
それぞれのaestheticの個別化において、一貫性のある特定の美意識(美的な選択の好み)が決定的な役割を果たしている。つまり、個々のパターンの背後に、特定の人々の美的なこだわりがある。
たとえば、cottagecoreであれば、その当のaestheticのヴァイブを好む人々の一貫した美意識があるからこそ、それが"cottagecore"と名づけられる一個の美的性質のパターンとして識別される(雑多な美的性質の集まりではなく)。
ごく雑に言えば、aestheticのそれぞれについて、「そういうのを好きな人っているよね」という言い方が自然に成り立つということである。
aestheticの特徴づけまとめ
まとめると、aestheticは、特定の美意識のもとに個別化され、明確に名づけられた美的性質のパターンとして特徴づけられる。
aestheticが分類概念として機能するのは、①と②の特徴のおかげである。
③は、その分類(当のaestheticをひとつの種類として数えること)が特定の美意識に支えられていることを示している。
様式という概念
美術史学などの芸術学で使われてきた伝統的な概念として、「様式(style)」がある。
様式の例:
アルカイック様式、古典様式、ヘレニズム様式、ゴシック様式、ルネサンス様式、バロック様式、貞観様式、定朝様、慶派様式、8bitスタイル、16bitスタイル、etc.
様式は「○○らしさ」として説明されることがあるが、ようするに、一定の作品群に共通する、ある種の全体的な質感のパターンが様式である(もちろん実際に様式を特定する際には、全体的な質感以外にも、技法や技術や時代や地域や制作者といった側面も注目される)。
参考:
様式とaestheticの関係
美的性質のパターンであるという点では、伝統的な意味での様式と現代のaestheticは大差ない。実際、Aesthetics Wikiには、美術史上で様式と呼ばれてきたもの(バロック、ロココ、アールデコ、etc.)も、aestheticのひとつとして挙げられている。
様式との違いがあるとすれば、aestheticには、先に挙げた「③そのパターンの背後に特定の人々の美意識がある」という特徴が目立ってあるという点である。ようするに、個々のaestheticは、人々の個人的な美的好みとかなり強力に結びついている。
最後にその点について少し考える。
Slido確認タイム
スラング用法の来歴
「私のaesthetic」を探す人々
"aesthetic"のスラング用法の起源と変遷
松永「インターネット文化のaesthetic」(近刊予定の論文)から引用:
正確な起源は明らかではないものの、よくある見解によれば、おおよそ2012年ごろから特定のインターネットサブカルチャー内で広く使われるようになったのが発端のようだ。具体的には、vaporwaveと呼ばれる音楽ジャンルに属する楽曲と、それに付けられたミュージックビデオやアートワークの質感を形容する語として、あるいはそれらに対するいわく言い難い気持ちを言い表す語として、ユーザーが"aesthetic"というコメントやタグを付けるという実践がTumblrやYouTubeを中心として広まり始めたという。Vaporwaveの作品が日本的なモチーフをしばしば引用するという事情もあって、「aesthetic」のように全角文字で表記されることも多かった。
引用続き:
この時点では、"aesthetic"はあくまでvaporwaveの「あの感じ」を指す語として使われていたものと思われる。〔中略〕Vaporwave以外の多種多様な美的性質のパターンを同定・分類し、それぞれを名詞的に"an aesthetic"と呼ぶ現行の言葉づかいは、おそらく2014ごろまでのTumblr文化の中で発生し、徐々に広まっていったものだ。Tumblrは、ユーザーがテキストや画像・映像を簡単に投稿できるマイクロブログを提供するプラットフォームだが、個々のユーザーが自分の美的な好みでピックアップした画像を並べて、一種のムードボードとして示してみせる――そしてそれに他のユーザーが好意的に反応したりタグ付けしたりする――という実践の中で、さまざまな美的性質のパターンの分類とその背後にある美意識が、明確なかたちで自覚されていったのだと思われる。
引用続き:
その後、この実践〔いろいろなaestheticに名前を付けて分類・共有する実践〕の主要な舞台はPinterest やTikTok といった新興のプラットフォームに移るが、いずれにせよ2018年にFairypageと名乗るTumblrのいちユーザーがAesthetics Wikiを立ち上げた時点ですでに、"aesthetic"という語で美的性質のパターン一般を指す名詞用法のインターネットスラングが確立していたと考えてよい。
Fairypageの視点
Aesthetics Wikiの創設者であるFairypageは、そのサイトを作った(そしてそれに嫌気がさした)経緯や、Tumblrを中心としたaestheticの共有・分類の実践を回顧的に振り返る一連の文章を、2021年に自身の個人サイトに投稿している。
全体的に、aestheticとその分類・共有の実践がどういう人々に支えられている/きたものなのがよくわかる文章になっていて、読み応えがある。
ここでは一部のみ引用しておく。
本来のサイトは閉鎖されているため、引用は以下のWayback Machine上のアーカイブページから。訳はChatGPT+松永による。
Fairypageの個人サイトからの引用:
11歳のころからの私のヒーローは、神童ブロガーにして『Rookie』誌の編集者、タヴィ・ゲヴィンソンだった。彼女の手引きで、私は初めてホール〔90年代のオルタナロックの代表的バンド〕のアルバムを聴き、『ヴァージン・スーサイズ』〔原作は小説、ソフィア・コッポラが映画化した〕 を観て読んで、ムードボードを作ることを覚え、過去のどこかの時代から自分が好きなビジュアル要素を見つけては、それにこだわりを持つようになった。私の思春期前夜は、自作の祭壇、郊外で串刺しになる妄想、そしてコートニー・ラヴ〔ホールのボーカル〕の叫び声でできていた。刺激的だった。心底楽しかった!〔中略〕Aesthetics Wikiは、ゲヴィンソンの流儀を引き継ぐ試みだった。日々目にするものを見分けて、それらを何か一貫した特別なものに変える、そんな試みだった。
引用続き:
だけど悲しいことに、今のAesthetics Wikiの記事の多くは、そういう方針とはまるで無縁だ。〔中略〕今のサイトは、既存のものをカテゴライズするんじゃなくて、想像の産物で溢れているし、ファッション指南所にもなっている。ユーザーたちは、自分が何を買うかで自分を定義したがっているみたいだ。大量の人が掲示板やコメント欄に集まっては、「自分のaesthetic」を見つけるために、ぜんぜん関係のない情報をいろいろ書き込んでいる。〔中略〕私は怪物を作ってしまった。誰かとまるまる同じになりたい人たちのためのデータベースを。〔中略〕他人と比べて自分をカテゴライズする手段に成り下がっている。サイトで何かのaestheticを選んで「私はこれ!」って言いたいティーンエイジャーたち、ばかげたことはやめなよ。昔の映画を見よう。本を読もう。美術史を勉強しよう。少しはオリジナリティを持とうよ。私が十代のときにはこんなことはなかったよ。
aestheticとパーソナルスタイル
全体としては、Fairypage自身の美意識の目覚め、Aesthetics Wikiを作った動機、現状のaestheticに対する人々の態度への不満が語られている文章である。
Fairypageの不満はともかく、aestheticが個々人のユニークな美的な好み(およびそれを自覚すること)に密接に結びついたものとして考えられている点に注目しよう。それは美的な意味での「自分らしさ」をはっきりさせたいユーザーの指針として、あるいは、よくも悪くも自分と他人を差別化する手段として使われている。
実際、Aesthetics Wikiには「Helping You Find Your Aesthetic」というページがあり、「あなたのaesthetic」の具体的な見つけ方についていろいろ指南してくれている。
aestheticとパーソナルスタイル(続き)
「これがまさに自分のaestheticだ」と思えるような、個人のアイデンティティに紐づいた理想的な美意識のことを「パーソナルスタイル」と言うが、Aesthetics Wikiのユーザーに代表されるaesthetic文化の担い手たちは、パーソナルスタイルを追求していると言える。
同時に、Fairypageが難じているように、それを追い求めすぎるがゆえに、逆に型にはまってしまったり(結果として他人と同じになる)、個々のaestheticが本来背負っているはずの歴史や文脈に無頓着になったり(結果として自身の美意識が変容したり深まったりするきっかけがなくなる)という問題も起きるかもしれない。
まとめ
現代のインターネット上でのaestheticをめぐる実践は、大量の美的性質のパターンをある種の集合知によって体系的に分類し、名づけ、共有するという点で、際立った特徴を持っている。
加えて、その実践は、美的な選択の好みという点での「自分らしさ」を求める人々の動機によって支えられているという側面が少なからずある。
その事実を踏まえて、では美的文化はどうあるべきか、あるいは自分自身がその文化的状況の中でどう処すべきかは、各自で考えてみてください。
提出用のリンクはScrapboxにあります。
次回の授業は応答篇になるので、今回分のリアクションペーパーのコメントを拾いながら進めます。質問・疑問や、何か話のネタになりそうなことを書いていただけると助かります。
第3回分のリアクションペーパーへの応答は、あとでScrapboxに上げておきます。
スライドおわり